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株式会社 奴寿司 代表取締役 藤咲 光司
  • 父の背中を見て育まれた寿司職人としての軌跡 先代の父が、鬼怒川温泉で「奴寿司」の...
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父の背中を見て育まれた寿司職人としての軌跡

先代の父が、鬼怒川温泉で「奴寿司」ののれんを立ち上げたのがそもそもの始まり。幼少時代は実家である鹿沼と鬼怒川温泉を行ったり来たりする暮らしだった。  株式会社奴寿司の代表取締役、藤咲社長。高校卒業後すぐ、寿司職人としての修行が始まった。 「厳しい父親でしたから、そんな父の背中を見て、自ずと自分もこの世界で…という気持が固まってきました。父の姿で一番印象に残っているのは、とにかくお客様を第一に考えていたことです。お金を十分持ってきていないお客様に対しても、財布が底を付きそうになったら隣の酒屋でお酒を買ってくるように勧め、おつまみを振る舞っていました。」  18歳から、先輩板前を師匠としてまず出前や皿洗い、仕込からスタート。寿司を実際に握らせてもらえたのは20歳を過ぎてからだった。独自の考えと発想から我流で学び続け、「全国寿司商組合」が主催する、寿司技術コンクールに出場。全国で金賞に輝くのは10人、地方予選で勝ち抜くことも容易ではない世界だった。4年に1度のコンクールで初回は散々だったが、3度目の挑戦の時についに金賞を受賞する。昭和61年31歳の時だった。  その5年後、父親が他界し、代表取締役に就任。新しい店作りの拠点を宇都宮へと移動させる。そして現在のすし華亭長岡店が誕生した。 「私自身、寿司職人としての生涯を貫き通すと決めています。技術を磨き、仕入の目利き、仕込みも手間を惜しまない。回転レーンを江戸前寿司のカウンターに見立てて、職人がすしを握りながら、対面型でお客様とコミュニケーションを取っていく。江戸前寿司屋そのものを感じられる店をつくりたかった。」  要領を得ていないオープン当初は、営業終了後の深夜ミーティング、そのまま店舗で仮眠を取って朝の仕込みに入る日々が続いた。宇都宮の人にうまい寿司を安心して食べられる場所を提供したい・・・長岡店は軌道に乗った。

経営者に迫られた変革の時

「長岡店の成功には、立地が良かったなど言われますが、本当の理由はそこではないんです。」  すし華亭の接客には定評がある。元気なスタッフの威勢のいい声がフロアに響き、おもてなしの心を大切にしたきめ細かいサービスが行き届いている。社員、パートさんに至るまで、活き活きと働く職場。そんな雰囲気が出来るまでには、藤咲さん自身の、ある変革があった。 「回転寿司をオープンしてから、働く社員数、客数、売上はこれまでより圧倒的に急増しました。数字が伸びていく中、私のワンマン気質で采配はしていたものの、やはり指示、命令だけでは形だけになってしまうんですね。何かが足りない。このままいったらどうなるのか。経営者としてなにをすべきか、と大きな壁にぶつかったんです。そんな時に、都内の研修会社の社長、松田友一氏と出会い、彼の研修を受け、大きな変革を迎えました。自分は何のためにお寿司を提供しているのか、なぜ寿司じゃないとダメなのか、とことん自問自答し、商いは真心だと気付いたんです。」  この気付きは「真心を器にのせて、お客様の喜びに感謝しています」という会社理念となり、社員一人一人へと浸透していった。 「成長、発展は人財を育てることだと思いました。社員がいつでも夢・ビジョン・使命感を持って技術と併せて人格を磨いていくことです。仕事を通して自己成長していくこと、それがまず私のやるべきことです。」  社員と価値を共有できる環境は奴寿司を家業から企業へと組織化し、変化させていった。

壁一面に描かれた「なりたいビジョン」

「すし華亭」の店名の由来は、にぎやかな雰囲気を想定して名付けたそうだ。そこにあるのは「鮮やかな人」が集まるイメージ。お客様の要望により、平成16年には宇都宮駅東エリアに「すし華亭簗瀬店」をオープンした。平成18年に「奴寿司華月」をオープン。品質の鮮度はもちろん、多彩なメニューに日本料理と江戸前寿司を一体化させ、基準の高いサービスとおもてなし重視の新スタイルを奴寿司の象徴である店にしていくことを目指している。 「ただ単に店舗の拡張をしているのではなく、地域に根付いて、必要とされる店でありたい。宇都宮の食文化のレベルアップに少しでも貢献できればと思います。」  そんな姿勢は、現在でも社長自らカウンターで寿司を握る姿から感じられる。経営陣となった今も、現場を退くことはない。カウンターで腕をふるい、まさに寿司道を生きる職人としての顔を持つ。 「華月には和食もできる店長と料理長がいますので、寿司専門の私とのコラボレーションが可能なんです。季節を考えたもてなしを常に心がけているんですよ。例えば梅雨時期なら雨だれや蛙なんかをモチーフに素材で表現します。宇都宮の食文化も上げていかないと・・・。上にはもっと上がありますからね。」

 取材が終了した後に、たまたまスタッフさんの控え室を見せてもらった。そこには壁一面、「自分がなりたいビジョン」の絵が所狭しと飾られていた。すし華亭ののぼりを立てて荒波を越えていく舟の姿や、カウンターで鮮やかに寿司を握る様子など、各スタッフが思い描くビジョンが力強く、鮮やかに描かれていた。
「自己実現していくために、学び、成長する必要があります。経営は先代の教えを守り、寿司の古い伝統文化のよさを守りつつ、時代の流れの空気を感じて、新風を巻き起こしていく。新文化創造に会社一丸となって取り組んでいきたいんです。」

 社員全員が常に大切に持ち歩く冊子がある。「商い」に対する奴寿司の根源となる内
容は、こんな時代だからこそやるべきことが詰まっている。常に学ぼうとする姿勢を忘れず、愚直に商売をする教えは、父である藤咲忠治氏のときから変わらない。冊子の末尾には、「大家族主義」ということばが1ページに渡り記載されている。社員すべて、またその社員の家族もすべて奴寿司という家に集う家族であり、物心共に豊かになっていこうという考え方だ。
 寿司を通して、地域社会に貢献していくこと。大切なのは見えない根っこだと藤咲さんは言う。根は求めれば求めるほど深く、広く、とどまることなく伸びていく可能性がある。根に応じて幹や枝もしっかりと太く強くなる。結果、想いの花・実をつける。今ある現実はすべて自分が蒔いた種だとしっかりと肝に銘じている。そんな経営者の姿勢をとことん見せてもらった。


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