180度生まれ変わった男が建てた
最上級サロン
新4号線から離れ、周囲に田園風景が広がる宇都宮市砂田に、そのサロンはある。突如現れたリゾートホテルのような建物は、コンクリートと茅葺き屋根が融合。広い駐車場スペースは、運転が苦手な人への配慮。そして真夏の炎 天下には、スタッフ自ら、お客様の車に一つ一つ、日よけシートをかぶせてくれる。
エントランスへと続くアプローチは、これから始まる「何か」を期待させるような造り。左右に鎮座する円形の大鉢には、涼しげな蓮の花が浮かぶ。
ホテルのフロント並みのカウンターで受付を済ませると、リラックスルームのような待合室に通される。待ち時間に振る舞われるお茶のサービスは3種の中からチョイスでき、尚かつ季節毎にラインナップが変わる。空間を移動する度に、流れる音楽も変わる。こちらも季節毎にチェンジしているそうだ。心地よく流れるサウンドの秘密は、店内の至る所に設けられたBOSE社製の50個のスピーカー。サロンのどの位置にいても心地よい音楽を楽しめ、尚かつコミュニケーションの邪魔をしないよう、細心の注意を払った。
この異空間に一歩足を踏み入れただけで高級感を味わえ、日常の煩わしさは飛んでしまう。高級志向を望む世代にまず支持され、果ては若い人達にも波及する人気の秘密はそこにある。豪奢な空間を自ら考え、生み出した美容室アクセルエルヴェのオーナー、岡本功一氏。その軌跡には、多くの苦悩と挫折があった。
「この世界に入ったきっかけですか…すごく単純なんですけど、若い頃は尖っていましたから(笑)、とにかく学校の規則なんかに縛られることが嫌でしたね。いくつになっても髪型も服装も自由に自分のスタイルを貫けるような仕事に従事したい…その最たる職業が美容師って思ったんです。」
がんじがらめの学生生活に嫌気がさし、好きな髪型で、好きな服を着て仕事の出来る美容師の世界は正に憧れだった。25歳の時に独立。当時の自分を振り返ると自信家で、怖い者知らずだった、と岡本さんは語る。
「その頃僕が一番大切にしていたのは、とにかく『目立つこと』。栃木という範囲に収まるのが嫌で、東京をすごく意識していました。」
奇抜さをコンセプトにした最初のサロン、「アクセル」は、当時宿郷にあり、異彩を放っていた。系統的にはパンク主体で注目度が高かったが、いつの間にか売上げが低迷。岡本さんのワンマン経営も拍車をかけた。
「あの頃の自分は何をやっても空回りする感じで、上手くいかない。そして焦るの繰り返し。自分が焦ってヒートアップすればするほどスタッフの気持ちは離れていくんです。」
弟のように可愛がっていたスタッフ達が一人二人、去っていった。そして残ったのは岡本さんを含め、たった3名。
「さすがに絶望的になりましたね。初めて経営者の孤独を味わいました。経営者っていうのは、誰にも苦言を言ってもらえないんだなあ、と。」
人生の第二ステージ、ゼロからのスタートが始まった。
ニューヨーク
サロン経営の現実
「以前のお店は、逆に来る人を拒む店作りだったと思うんです。分かってくれる人だけ来てくれればいいと、僕も思っていたんですね。」
現在の岡本さんのサロン経営は180度違う。まるで別人だ。
「挫折を知ったからこそ、今の自分とこのサロン、このスタッフがいると思います。死ぬほど悩んだし、現実を見つめることは苦しかったけど、生まれ変わることが出来たし、人に『感謝』することが分かったんです。」
今、岡本さんが徹底的に力を注いでいるのがスタッフへの教育。
「そのための率先垂範。現状にあぐらをかかないためにも、1年間のニューヨーク修行に出ました。」
世界でもトップサロンが集うニューヨークに単身で渡米。それは自分への挑戦だった。
「違いを目の当たりにしましたね。日本はやっぱり技術レベルは世界クラスなんですよ、器用な民族ですしね。教育もしっかりしている。それに引き替え、アメリカはそこまでカリキュラムは徹底していない。変わりに数倍シビアなプロフェッショナルだけの世界ですね。」
技は盗んで手に入れるしかない世界。自由ゆえの厳しさがそこにはあった。必死さのレベルが全く違う、それはニューヨークのサロンにはアシスタントがほとんど存在していないことからも明らかだった。
「プロしか食っていけない世界ですから。アシスタントとして雇ってもらうなら、無給当たり前。盗む力、見る力が相当重要になってきますから、実力のある人しか生き残れない。それから、プロスタイリストとしての本物の感性を持った人だけがのし上がってくるシステムになっていました。」
そして最終的には、集客力と売上げが全て。顧客数の単位がそのままスタイリストの評価となる。技も問われるが、人間力も非常に問われてくる。
「僕はニューヨークには技を学びに行った、というよりビジネスとしてのサロン経営の現実を見させてもらいましたね。自分のスタッフへの教育や接し方が本当にいいのか、彼らのためになっているのか、客観的に見ることが出来た絶好の機会でした。」
「共感+感性」の力
県内のサロンレベルの向上
2年前、アクセルエルヴェは改装を行った。ネイル・メイクルーム、エステルーム、そしてVIPラウンジが新たに開設。常に様変わりして、顧客を飽きさせない。
「昔の自分は、栃木にコンプレックスを持っていたのかもしれません。でも今は違います。東京を極度に意識しているわけではなく…むしろ、栃木のサロンレベルを上げるために尽力し、アクセルエルヴェを栃木ナンバーワンのサロンにしたいなと願っています。」
相乗効果として県全体のレベルを上げることが目標。それをスタッフにも毎日言い聞かせている。毎朝、アクセルエルヴェでは1時間に及ぶ朝礼を行う。予約が入っているお客様の状況を全員が周知し、最高の状態で迎えられるように、モチベーションを上げる。
「共感をテーマに、行っています。自分の分身とも言える次の世代に、同じ熱いハートで仕事に従事して欲しい。そして、感性を磨いてもらうためにも、海外研修の際は極力良いホテルを取るようにしてるんです。最高の空間とサービスを目と感覚に焼き付けて欲しいから…」
岡本さんは次の挑戦を自分に課した。金額一万円という高額な設定でのカットサービスの実施だ。
「敢えてこの設定に自分を追い込むことで成長すると思うんですよね。そのためには妥協は一切しないつもりだし、シャンプーやセットに至るまで、アシスタントの手を一切借りずに全部自分でやるつもりなんです。」
以前のパンキッシュな店舗アクセルの進化型が、現在のサロン、アクセルエルヴェだが、コンセプトは全く違う。元々「アクセル」とは「前進」、そして「エルヴェ」は仏語で「上がる」という意味らしい。
今、岡本さんは総勢20人の愛すべきスタッフ達を抱えている。そこに圧力は一切無い。あるのは目には見えないが、しっかりと繋がった絆だけ。以前ニューヨークに渡米した時に、スタッフ全員から贈られた寄せ書きを見せてもらった。それは岡本さんにとって、どんなトロフィーよりも嬉しい、最高の勲章のように見えた。
田んぼに囲まれた田舎道に、孤高のサロンは建っている。一度は苦汁を飲んだが、再生した男が再び手に入れた最高のサロン。今、彼は「ボス」の愛称で親しまれている。