江田さんの前職は、県内のタウン情報に根ざした、有線放送のアナウンサー。時代は正に地元有線放送の全盛期。NHKのアナウンサー講師から、ハイレベルな教育を受ける機会もあった。中でも特筆すべきは、アナウンサーはもちろん、取材、編集など番組全てを江田さん一人で担っていた点だ。
「取材して帰ってきて原稿を起こして…、声も自分で吹き込んで尚且つ、音楽まで編集して入れていました。全部自分一人でやらせてもらっていた。本当に恵まれていました。」
企画から編成に至るまで、全て自分の手で行う。ただ「おしゃべり」だけを担っているのではない。一つの番組を作り上げるということ、そこにはドラマがあった。地域の学校、消防署など、ローカル色豊かな旬の話題を常に捜し歩いた。とにかく、無我夢中だった。
「その頃ブライダル業なんてものは、存在すら知らなかったですね。ましてや司会業など、頭の片隅にも無かったと思います。でもね、その頃手がけさせていただいていた有線放送の仕事が、披露宴という一つのドラマを作り上げるのにどれほど役立ったか…」
司会業という職業に出会った瞬間、運命的なものを感じたという江田さん。これまでの有線放送時代での仕事が、無駄でない、多いに活かせるという自信があった。
「人のつてもありませんでしたし、司会者としての経験もゼロ。でも幸運なことに口コミでも仕事を頂けることが出来たんです。」
これもまた追い風か、時代はブライダル全盛期。しかし、大手結婚式場には契約済みの司会業者が納まっていた。平成5年の(有)エス・ブイ・シーの創立を皮切りに営業活動にも専念したが、知名度も無く、なかなか入り込める隙は無かった。
「その頃の司会者って、今と違って大半が男性だったんです。女性のトーンの高い声は倦厭されていた。でも私はおかげ様で低い声だし(笑)、迫力もある。また女性が持つ独特の雰囲気がブライダルには合っていたのでしょう…逆に支持して頂けることができました。」
その頃から、エス・ブイ・シーは「女性だけの司会者集団」を目指し始める。
「これからは女性の時代。そして、女性は意外と根性がある!(笑)。厳しい特訓にも付いてきてくれる子が多かったの。」